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持続可能な開発目標(SDGs)と企業の行動方針について

持続可能な開発目標(SDGs)と企業の行動方針について>1「貧困をなくそう」

1「貧困をなくそう」

SDGsの1番目は「貧困をなくそう」です。目標は「あらゆる場所、あらゆる形態の貧困を終わらせる」としています。貧困とは貧しく、その生活が苦しくて困難なことをいいます。貧しいがゆえに生活を続けていく希望が持てず、生きていること自体が苦しみでしかないような日々を過ごしているのでは、つらい限りです。人々が幸せで健康な生活を続けていくためにも、貧困からの脱出はとても大切です。より多くの人々が貧困から脱出するためには、まずは貧困を作り出すような社会システムを変えていく必要があります。

1「貧困をなくそう」

貧困の原因は戦争や自然のあるいは人為的な災害、貨幣経済における人間の欲望とそれによる奪い合い、そして貧困を助長する社会システム あるいは貧困から抜け出す知恵を持たないことにあります。貧困をなくしていくためには、貧困の原因をつくらないようにするとともに、現状の社会システムに内在する貧困の原因を減らし、あるいは無くしていかなくてはなりません。
企業活動をするうえでも、貧困を増やしかねない活動をなくしていくとともに、貧困の原因をつくらないための具体的な行動をとっていくことが大切です。
貧困の原因をつくらないための具体的な行動としては、「戦争や災害の原因となるような活動を無くしていくとともに、戦争や災害による貧困を防ぐような活動をしていくこと」、「人々が奪い合いになるような欲望を刺激する宣伝行為などをせず、むしろ人々が我欲を持たず助け合いをするように導いていくこと」、「貧困を助長する社会システムをとりやめ、貧困が無くなっていくような社会システムに置き換えていくこと」そして、「貧困から抜け出す知恵を広く学ぶとともに、それを広めていくこと」、などが考えられます。
企業は自らの活動が問題を引き起こしていないかチェックし、積極的に行動を変えていくことが求められてくると思われます。
なお、国連は「貧困をなくそう」に関して7項目の具体的なターゲットを設定しています。実際に「貧困をなくそう」の目標を実現していくためにも、これらのターゲットについても見て、考えていきましょう。


1.1 2030 年までに、現在 1 日 1.25 ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる。


国連は貧困を1日あたりのドルベースでの生活消費が少ないことと見ており、1日1.25ドル未満を極度の貧困と定義しているようです。ただ、1日あたりのお金の消費で一律に貧困かどうかを決めるのには違和感があります。物価が高くて変動がはげしい地域と安くて安定した地域とでは生活のしやすさは違います。また節約の工夫によって生活消費が少なくても日々満足して豊かに暮らせる人もいます。食料などが自前で確保でき自給自足が可能であれば、お金を使って物を買わなくても日々満足して暮らせるかもしれません。逆に、たとえ高収入でも金遣いが荒く借金が多いため、事あるごとにお金に困っている人もいます。収入が増えても、それ以上に物価が上昇すれば生活は苦しくなります。国連の定義は、収入や消費が多ければ豊かであるという考えに偏っているように思われます。
貧困をお金という指標だけで判断しようとすると、大きな間違いを引き起こします。アダムとイブはエデンの園にいた間はお金とは無縁でしたが、食べものは豊富にあり、安心して寝ることができ、衣服や所有物の少なさを嘆くこともなく日々豊かに過ごしていたようです。しかし楽園から追放されるた途端に、貧困を味わうことになります。楽園から追い出されたことによって、所有欲と争いの世界に巻き込まれるようになったのです。
楽園の外では人は貨幣経済の中に投げ込まれ、生産と競争をしていかなくてはなりません。人は競争と生産が求められる貨幣経済の中でこそ貧困を味わいます。イエス=キリストや仏陀はお金ばかりを追い求めて人生を無駄にしないよう、私たちに警告していました。お金ばかりを追い求め、競争し、足の引っ張り合いを続けることによって人々は豊さを失い、貧困に陥り、不幸になっていくのです。
国連は楽園にいたころのアダムとイブ、あるいは人々を教え導いていたころのキリストや仏陀であっても、金銭的所得がないという理由のみで極度の貧困にある者と分類しようとするのでしょうか。金銭的所得の少ないことは貧困になる大きな要因です。でも貧困の要因は手元のお金だけではないはずです。
貧困の問題は、日々の生活に支障を来し、またたとえ今は生活できていても将来に大きな不安を抱えてしまうところにあります。また貧困状態にある者はそこから抜け出るための知恵を得なければ、貧困状態が固定化されてずっと抜け出せなくなるかもしれないおそれがあります。
貧困問題の解決には、第一に生活そのものが安定することが不可欠です。人々の欲望を刺激して競争や足の引っ張り合いを助長するような社会システムをなくし、食料の供給バランスなどが安定して多くの人々が安心して暮らせる社会システムをつくるとともに、生きていくために必要な知恵を一人一人が持つことが貧困をなくしていくためには必要になってきます。
私たちはこの 1.1 のターゲットをそのまま私たちの目標にするよりも、もっと本質的な意味で貧困をなくしていくようなターゲットに変更していくことが大切ではないかと考えます。たとえば、次のような目標です。

1.1 行動方針案
・「人々が日々の生活に支障なく、また将来に大きな不安を抱えずに生活できるように社会システムを変え、人々により良く生きていくために必要な知恵を広める」

1.2 2030 年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、すべての年齢の男性、女性、子どもの割合を半減させる。


厚生労働省の調査において、相対的貧困は一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者と定義されています。貧困線は統計によって得られた等価可処分所得の中央値の半分の値をいいます。感覚的には一般的な家庭の所得の半分以下の所得しかない家庭を相対的貧困と考えているようです。貧困の基準を決めるのに等価可処分所得の平均値でなく中央値を用いるのは、少数の超高所得者がいた場合、平均値を用いれば貧困線が大きく高い方向に引っ張られる恐れがあるためと思われます。
所得の多い人々に人気の高い地域や、所得の少ない人々が多く集まる地域などがありますので、貧困線は地域によって差があるでしょう。また、物価や生活必需品の供給状況などから、貧困線以下の人々でも暮らしやすい地域もあれば、貧困線を上回っていても生活が苦しい地域もあるでしょう。
SDGsのターゲットに基づけば、日本はこの相対的貧困に分類される人々を半減させることが課題になるといえそうです。相対的貧困の割合を減らすには、貧困線を下回る所得の人々が所得を増やしていく必要があります。
近年、ベーシックインカムの導入が議論されることがありますが、貧困状態にある所得の少ない人々の所得を直接的に増やす政策の一つとして効果があるといえるでしょう。
ただし、たとえ所得が増加してもそれ以上に物価が高騰するようでは生活は改善していかないでしょう。相対的貧困にある人々の暮らしが改善していくためには、所得を増やしていくほかに、安全で安くて安心できる食料など生活必需品が安定して供給される社会ステムが求められます。
また、ただ働かない者、働こうとしない者にまで一律に金を与えるのは、社会として良いことではありません。貧困にある者たちが貧困から脱しようと自ら努力しなければ、彼らの貧困を終わらせるのはとても難しいでしょう。ベーシックインカムのみによって貧困を終わらせようとするのは社会にとっても負担が増大する一方になってしまうおそれがあります。食べていくためには社会にとって役に立つこと、あるいは社会が必要としていることをすることだ、知恵と労働の努力で所得を増やしていくんだと貧困状態にある人々に思ってもらうこと、いわば貧困状態にある人々の心と考えを変えてもらうことが、貧困をなくしていくためには最も重要なのかもしれません。
私たちはこの1.2 のターゲットを尊重しますが、修正も必要ではないかと考えます。例えば、次のような目標を掲げたいと思います。

1.2 行動方針案
・「貧困をなくしていくために、貧困状態にある人々を救済する政策を支持するとともに、彼らの意識を変え、知恵と努力で所得を増やす意識づけをし、同時に安全で安心できる生活必需品が安価に安定して所得が少ないとされる人々に供給される社会システムの構築を図る」

1.3 各国において最低限の基準を含む適切な社会保護制度及び対策を実施し、2030 年までに貧困層及び脆弱層に対し十分な保護を達成する。


ここでの社会保護制度はおそらく、日本の社会保障制度に相当する言葉なのでしょう。このターゲットでは、社会保障などの制度を充実するとともに対策を実施していくことが望まれています。
たとえ制度があっても具体的で適切な運用がなされず、必要としている人が必要なときに必要な保護を受けられないのであれば制度の意味がありません。貧困層及び脆弱層に対し、公平で適切な保護ができるよう、また社会の変化に対して対応できるよう、制度の運用も適切に見直していくことが大切です。
貧困層とは各国によって定義されるべきものでしょう。脆弱層とは、傷病者、未成年者、高齢者、出産前後の者など、社会保障などで支援が必要と考えられる人をいうと思われます。
十分な保護とは貧困層であれば貧困から脱するのに十分な保護、脆弱層であればその脆弱さを克服するための、あるいはその脆弱さによって不都合が生じないために十分な保護と解釈することができます。
現代社会において福祉は極めて重要です。同時に、福祉は無限の金食い虫でもあります。実際、福祉による国家負担は年々国家財政を圧迫しているといわれています。社会保障制度に依存する人々が増えすぎると、社会そのものが崩壊するおそれがあります。社会そのものが持続可能でない社会保障制度をつくってしまうのは愚かなことです。
保護は単に金銭を配れば良いというものではありません。金銭的に保護をするだけでなく、知恵と努力があれば保護されている状態を脱することができる人々に知恵と自ら努力するための勇気を与えることが必要です。

1.3 行動方針案
・「貧困層および脆弱層に対する十分な保護とともに、彼らが自ら保護から脱するための知恵と勇気を与える社会システム構築を支援していく」

1.4 2030 年までに、貧困層及び脆弱層をはじめ、すべての男性及び女性が、基礎的サービスへのアクセス、土地及びその他の形態の財産に対する所有権と管理権限、相続財産、天然資源、適切な新技術、マイクロファイナンスを含む金融サービスに加え、経済的資源についても平等な権利を持つことができるように確保する。


このターゲットで目指しているのは権利の平等の確保です。何の権利かというと経済的資源についての権利、基本的なサービスへのアクセス権、不動産などの財産に関する権利、天然資源や新技術、金融サービスに関する権利、といろいろなことを書いてあります。
何をどこまですれば「権利の平等を確保した」といえるのかは、判断が難しいところです。サービスを受けられる権利を完全に平等にするのは不可能かもしれません。
例えば、誰もが利用できる図書館をつくったとします。その図書館のすぐ近くに住む人と、数キロ離れた場所に住む人とではアクセスのしやすさに差が出ます。バリアフリーにして車椅子の人が図書館に入ってこれるようにしても、書棚にある本を取って見てみるためにはいちいち誰かの助けが必要で手間がかかります。また目の不自由な人が入ってこれるよう点字ブロックを設置した図書館も多いですが、目の不自由は人が本を読むことは難しいでしょう。一見、誰もが平等に利用でき脆弱な人々にも配慮したように見える図書館ですが、「書籍に書かれた情報にアクセスする権利」は平等ではないのです。
図書館にどのような書籍が所蔵されているかによって、地域ごとに格差が生まれるおそれもあります。知恵あふれる良い書籍が多く所蔵されている図書館の近くでは、学力が向上しやすく、人々がより豊かになる情報が得やすいかもしれません。一方、図書館があっても書籍が充実していなければ、人々の知恵を増やし生活を向上させるにはあまり役立たないでしょう。
病院やスーパーは図書館よりも目前の生活に直結したサービスです。生活必需品の調達ができなかったり、医療サービスが受けられなかったりすれば人々の生活に大きな影響を与えます。場合によっては生命にかかわることもあります。民間で経営する病院やスーパーなどは赤字などの理由で急に値上げをしたり、場合によっては営業をやめてしまうこともあります。地域によってはなかなか近いところに病院やスーパーができず、たとえ病院やスーパーができてもサービスが充実していないこともあります。より高度なサービスを受けるには、結局都心部の病院に行くしかない、ということになるかもしれません。交通が発達していない場所では都心部と比べてサービス拠点へのアクセスに格差が生じやすくなります。
サービスを提供する場所からの距離、サービス拠点が提供するサービスの品ぞろえと質、あるいは交通の発達状況などの地域格差によって一般の人々がサービスを受けるのに不都合が生じるのは好ましいことではありません。しかし実際、生活にかかわるサービスを受けることができる権利の地域格差を解消することは不可能かもしれません。むしろ、地域ごとの格差を受け入れ、その格差がある中でどのように地域ごとにより豊かで幸せな生活を工夫していくかを考えるべきかもしれません。すなわち、すべての人々に同じサービスを届けようとするよりも、サービスそのものの本質に立ち返って、サービスの提供のありかたを地域ごとにその制約の中で変えていくのです。
経済的資源とは、商品をつくったりサービスを提供したりするのに必要な労働力やエネルギー、材料、技術、資本などをいいます。つまり、経済的資源は生産・流通・販売などの経済活動のための必要な要素です。適切な経済的資源を確保し、適切な方法で使うことによって市場にて競争力のある商品をつくったりサービスを提供したりすることができます。基本的に誰もが生産・流通・販売などの経済活動をする権利があるはずです。しかし、経済的資源についての権利が著しく不平等であれば、自由に経済活動をできる人と制限される人とで大きな経済的格差が生じます。経済的資源についての権利を等しくするということは、人々が等しい権利で事業を立ち上げ、生産・流通・販売などの経済活動をできるようすることと考えていいかもしれません。財産に関する権利、天然資源や新技術、金融サービスへのアクセスなども、不当に経済的不利益を受けないためには重要な課題です。
すべての人々が経済的資源を利用できるようにすることはSDGsの理想とするところでしょう。実際、自由な経済活動を確保するためには、皆が経済的資源を利用する権利を平等に持つことは大切でしょう。しかし、権利があっても、それを適切に効果的に利用するための知恵や適切な情報がなければ、人々の多くはせっかくの権利を使いこなせないでしょう。大切なのは経済的資源を利用する権利の平等のみでなく、むしろそれを利用するための知恵や情報を得ることの方が重要です。
権利の平等を確保することは最終ゴールではなく、ゴールのための手段です。最終ゴールは地域格差、身分の格差、あるいは情報の格差によって貧困者を出さないこと、すべての人々が豊かで幸せな生活を実現することです。そのためには、権利の平等を確保するとともに、適切な情報公開と知恵の普及を重視していくことが大切です。全ての権利を物理的に公平にすることはできません。しかしながら格差がある中で、限られた制約条件の中で貧困者を出さず、人々が豊かさと幸せを得ていくことができるよう、社会システムを見直していくのです。

1.4 行動方針案
・「生活サービスの地域格差低減を支援するとともに、人々が自らの豊かさと幸せを得ていくための知恵を得る教育、適切な情報の普及、ライブラリサービスに注力する。起業家支援を含めた経済的資源を適切かつ効果的に利用するための知恵・情報交換をしていく事業者支援サービスの充実を図る。」

1.5 2030 年までに、貧困層や脆弱な状況にある人々の強靱性(レジリエンス)を構築し、気候変動に関連する極端な気象現象やその他の経済、社会、環境的ショックや災害に暴露や脆弱性を軽減する。


レジリエンスは強靱性(タフネス)というよりはむしろ対応力、回復力あるいは脱出力といったほうがしっくりくるように思います。貧困層や脆弱な状況にある人々が、苦しい状況に対応して生きのび、そこから自ら回復し、苦しい状況から脱出するための力となる社会システムを構築すると解釈することができるでしょう。とりわけ貧困層や脆弱な状況にある人々は通常の人々よりも、災害や戦争、あるいは環境の変化に対し脆弱で、一般の人々にとっては大したことない状況でも場合によっては生命の危機に瀕することになるかもしれません。そんなとき、彼らに臨機応変な対応力、粘り強い回復力、あるいは苦しい状況からの脱出力を与えるものは何でしょうか?
お金の施し、ボランティアによる支援、公的な福祉サービスなどが彼らの助けになり必要とされるときもあるでしょう。本当に支援が必要な人に適切に支援を届ける社会システムの整備も必要でしょう。しかし、場合によってはそれらの支援がかえって貧困層や脆弱な状況にある人々の対応力、回復力あるいは脱出力を失わせてしまうこともあります。支援を受け続けることで、自らの力で生きる力が失われてしまい、ずっと支援を受け続けなければ生きていけなくなってしまうのです。場合によっては支援への依存が強くなって彼らがさらに脆弱になり、もっと大きな支援が必要になってしまうかもしれません。支援をするにしても、できれば彼らが将来支援を必要としなくなるように、自ら回復し、あるいは苦しい状況から脱出するように促してあげることが大切でしょう。
貧困層や脆弱な状況にある人々が対応力、回復力あるいは脱出力を得るのに必要なのは、何でしょうか。例えば、生き抜くための知恵、勇気、回復するための知識、自己研鑽を続ける忍耐強さ、あきらめず上を目指す意志の強さ、回復し脱出した人々の成功事例と体験談、そして一緒に頑張ろうという気持ちにさせてくれる仲間ではないでしょうか。金銭的、公的な支援を考えるのみでなく、彼らの心を前向きにしていくにはどうすればいいかを考えることが、これからの支援には必要になってくるのではないでしょうか。

1.5 行動方針案
・「貧困層や脆弱な状況にある人々への支援、災害時等の危機的状況からの救済のための仕組みづくりに取り組んでいくとともに、彼らの臨機応変な対応力、粘り強い回復力、あるいは苦しい状況からの脱出力を育むための心の支援に注力していく」

1.a あらゆる次元での貧困を終わらせるための計画や政策を実施するべく、後発開発途上国をはじめとする開発途上国に対して適切かつ予測可能な手段を講じるため、開発協力の強化などを通じて、さまざまな供給源からの相当量の資源の動員を確保する。


これは基本的に開発途上国とりわけ後発開発途上国の貧困撲滅のための支援と理解できます。相当量の資源の動員を確保するというのは、資金的な支援のことと理解していいでしょうか。途上国に支援をすることは大切なことでしょう。しかし、現在行われている途上国支援のプログラムや政策が本当に貧困撲滅に役立っているのかどうかは検証の必要があるかもしれません。場合によっては、途上国にある人々への支援が、彼らをさらに貧困で脆弱な状況に追い込んでいる可能性もあるのですから。

1.a 行動方針案
・「途上国で貧困にある人々がレジリエンスを得られるよう、資金的支援のみでなく知恵を勇気を与える取り組みに協力していくとともに、その結果・成果・あるいはネガティブな影響があるかを検証していく」

1.b 貧困撲滅のための行動への投資拡大を支援するため、国、地域及び国際レベルで、貧困層やジェンダーに配慮した開発戦略に基づいた適正な政策的枠組みを構築する。


どのような活動にも資金が必要です。貧困を撲滅しようと取り組んでいる人々もいますが、資金が足りずになかなか思うような活動ができないことも少なくないでしょう。真面目に貧困撲滅に取り組む人々に適切な投資が行われるのは良いことでしょう。しかし、その投資が本当に適切かどうかを検証していくのは容易ではなさそうです。場合によっては、投資資金欲しさに貧困撲滅に取り組んでいることを実際以上に宣伝し、集めた資金を別の目的に使い込んでしまうような人も出てくるかもしれません。一方で、まじめに貧困撲滅に取り組んでいる人々が、自ら宣伝活動をしないために埋もれてしまい、投資されなくなってしまうかもしれません。このターゲットは少し慎重になった方がいいような気がします。
貧困層やジェンダーに対してどのような点を「配慮」するのか、またどのような政策的枠組みをつくれば「適正」だといえるのかも、良く考えなくてはならない課題です。「支援漬け」によって貧困層が貧困から抜けられないような状況になってしまうことも無いわけではありません。
投資する側への動機づけも必要です。投資するには何らかのメリットが期待できること、あるいは投資対象に魅力があることが求められます。

1.b 行動方針案
・「貧困撲滅のための行動が適切であるかどうかを検証する客観的な指標をつくり、より良い活動をしている人々に投資がまわりやすいようなシステムを構築する。また、貧困撲滅のための行動がより効果的で、同時に投資家にとってより魅力的になるよう、行動の見直しと改善をしていく。」

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