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アンゴラ

アンゴラの地域情報について調査しています。アンゴラ共和国はアフリカ南部の西海岸にある国です。アンゴラに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

アンゴラ

位置

南はナミビア、北はコンゴ民主共和国、東はザンビアに隣接しています。西は大西洋に面しています。

国土

約125万km2

首都(およその人口)

ルアンダ(676万)

ルアンダ以外のビジネス関連都市(およその人口)

ルバンゴ(60万)フアンボ(59.5万)ベンゲラ(56万)など

人口

およそ2,579万人

人種構成

オヴィンブンド人、キンブンド人、コンゴ人など

言語

ポルトガル語

宗教

キリスト教が主流

文化

先住民とポルトガルの文化を強く受けています。
サンミゲル要塞
ミラドウロ・ダ・ルア
ムスロ島
サンガノビーチ
アントニオ・アゴスティニョ・ネト博士記念碑
国立奴隷博物館
パラシオデフェロ
通貨博物館

教育

法律により、8年間の無償の義務教育がありますが、教師や学校の不足が課題となっています。
マンドゥメヤンデムファヨ大学
インデペンデンテ・デ・アンゴラ大学
アゴスティーニョ・ネト大学
アンゴラ工科大学
オースカル・リバス大学
カトーリカ・デ・アンゴラ大学


アンゴラ国立図書館

アンゴラ近・現代史の概略

1836 ポルトガル政府による奴隷貿易の公式廃止
1885-1930 ポルトガルによるアンゴラに対する植民地支配の強化
1951 ポルトガルの海外州となる
1950- 民族運動、ゲリラ活動始まる
1956 アンゴラ解放のための人民運動(MPLA)の初期の始まり
1974 カーネーション革命(ポルトガル国内の軍事クーデター)。植民地支配の崩壊
1975 MPLAによるアンゴラ人民共和国独立宣言
1987 南アフリカ軍が侵入
1988 クイト・クアナヴァレの戦い。南アフリカがナミビアの独立とキューバ軍のアンゴラ撤退を交換条件に撤退
1989 停戦合意後、合意が崩壊してゲリラ活動再開
1991 和平協定調印。新しい多政党制の憲法を導入
1992 国連監視下による大統領と議会選挙
1994 ルサカ和平協定調印
1998 本格的な戦闘再開
1999 国連が平和維持活動を終了
2002 停戦合意に署名

政治

大統領制の民主共和国です。長年、政治権力は大統領に集中してきました。議会は一院制です。
共和国大統領宮殿
国民議会
アンゴラの憲法裁判所

一人当たりGDP

4,101ドル

経済

豊富な鉱物や野生生物、森林、化石燃料があります。内戦による貧困が深刻化しましたが、2002年以降回復し始めました。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン、 トーゴ、 リベリア、 シエラレオネ、 ギニアビサウ、 ガンビア、 カーボベルデ

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