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コートジボワール

コートジボワールの地域情報について調査しています。コートジボワール共和国は西アフリカの南海岸に位置する国です。コートジボワールに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

コートジボワール

位置

北西はギニア、西はリベリア、北西はマリ、北東はブルキナファソ、東はガーナに隣接しています。南はギニア湾(大西洋)に面しています。

国土

約32.2万km2

首都(およその人口)

ヤムスクロ(21万)

ヤムスクロ以外のビジネス関連都市(およその人口)

アビジャン(440万)ブアケ(53.7万)など

人口

およそ2,638万人

人種構成

アカン系、クル系、マンデ系など

言語

フランス語

宗教

イスラム教、キリスト教、伝統的宗教など
平和の聖母大聖堂

文化

60を超える先住民の民族グループの文化的および歴史的特徴を有しています。
コートジボワール美術館
アビジャン動物園
ブアケ平和スタジアム

教育

成人の識字率が低く、教育は多くの課題が直面しています。成人人口の大部分、特に女性は文盲です。6~10歳の多くの子供は学校に通っていません。
フェリックス・ウフェ=ボワニ大学
ジャン・ロルニョン・ゲデ大学
ナンギ・アブログア大学
アラッサーヌ・ウアタラ大学
フェリックス・ウフェ=ボワニ国立工科大学


コートジボワール国立図書館

コートジボワール近・現代史の概略

1843-44 フランスの保護国とし、沿岸から内陸部へ徐々に支配を拡大
1893 フランスの植民地となる
1904 コートジボワールはフランス領西アフリカの一部になる
1944 コートジボワール民主党の前身であるアフリカ農民組合設立
1958 フランス共同体加盟
1960 コートシボワール共和国として独立
1990 複数政党制選挙(野党が合法化)
1999 軍事クーデター
2001 クーデター未遂
2002 一部兵士による騒乱が本格的反乱に発展
2003 和平合意
2004 反大統領集会の弾圧と衝突。国連英和維持軍派遣
2007 和平協定に署名
2008 食料価格高騰。関税撤廃
2010 大統領選挙の結果から暴力紛争に発展
2011 和解・対話委員会発足し、事態収束
2014 国連安保理がダイヤモンド貿易の禁輸措置を解除。ダイヤ輸出再開

政治

大統領制の共和国です。議会は一院制です。
アビジャン大統領官邸
コートジボワール議会

一人当たりGDP

2,159ドル

経済

西アフリカ地域では1人あたりの所得が比較的高く、西アフリカ経済通貨同盟で最大の経済です。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン、 トーゴ、 リベリア、 シエラレオネ、 ギニアビサウ、 ガンビア、 カーボベルデ

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