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カメルーン

カメルーンの地域情報について調査しています。カメルーン共和国は中央アフリカの国です。カメルーンに進出するにあたり知っておくと良さそうな情報を特集していきます。

カメルーン

位置

西と北はナイジェリアと、北東はチャドと、東は中央アフリカ共和国と、南は赤道ギニア、ガボン、コンゴ共和国と国境を接しています。。北は地中海、西はギニア湾と大西洋の一部であるビアフラ湾に面しています。

国土

約47.5万km2

首都(およその人口)

ヤウンデ(182万)

ラバト以外のビジネス関連都市(およその人口)

ドゥアラ(191万)バフーサム(80万)など

人口

およそ2,522万人

人種構成

31%カメルーンハイランダー、19%赤道バンツー、11%キルディ、10%フラニ、その他

言語

フランス語、英語

宗教

キリスト教70%、イスラム教18%、その他

文化

多くの言語と習慣が混在する豊かで多様な文化があります。
ヤウンデ国立博物館
ムヴォグベッツィ動物園
マンダラ山地
ドゥアラ海事博物館
ベル王の宮殿
ワザ国立公園
バフーサム市庁舎
クリビ・マリーナ

教育

小学校が義務教育となっています。
ジャング大学
ブエア大学
モンターニュ大学
ンガウンデレ大学
中央アフリカカトリック大学・ヤウンデカトリック研究所
ヤウンデ II大学


中央図書館

カメルーン近・現代史の概略

1884 ドイツの保護領となる
1916 英仏軍がドイツ軍をカメルーンから放逐
1919 ロンドン宣言により、フランスがおよそ8割、イギリスがおよそ2割の行政区域に分けられる
1922 ベルサイユ条約により英・仏の委任統治領となる
1960 フランス領カメルーンが独立し、カメルーン共和国となる
1961 国民投票により、南部の英領カメルーンは西カメルーンとして独立、北部はナイジェリアに合流。西カメルーンとカメルーン共和国が合併
1966 カメルーン国民連合が唯一の法的政党となる
1972 国民投票の後統一国家になり、カメルーン連合共和国に改名
1984 国名をカメルーン共和国に変更
1994- カメルーンとナイジェリアの紛争激化
1996 カメルーンとナイジェリアが国連の調停に合意

政治

大統領が広範な権力を有する国家です。議会は一院制です。
大統領官邸
カメルーン議会
最高裁判所

一人当たりGDP

1,544ドル

経済

農作物や原油の輸出など、サハラ砂漠の南にある国としては比較的成功している経済とされています。


アフリカ

南アフリカ、 エジプト、 ナイジェリア、 コンゴ民主共和国、 エチオピア、 ケニア、 タンザニア、 ウガンダ、 モザンビーク、 マダガスカル、 ザンビア、 マラウイ、 ジンバブエ、 ボツワナ、 ナミビア、 アンゴラ、 コートジボワール、 モロッコ、 カメルーン、 ガーナ、 ブルキナファソ、 コンゴ共和国、 ガボン、 中央アフリカ共和国、 チャド、 ニジェール、 マリ、 モーリタニア、 アルジェリア、 チュニジア、 リビア、 スーダン、 南スーダン、 ギニア、 セネガル、 エリトリア、 ジブチ、 ソマリア、 ルワンダ、 ブルンジ、 セーシェル、 コモロ、 モーリシャス、 エスワティニ、 レソト、 赤道ギニア、 サントメ・プリンシペ、 ベナン、 トーゴ、 リベリア、 シエラレオネ、 ギニアビサウ、 ガンビア、 カーボベルデ

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